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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)4202号 判決

原告 有限会社浅間建材社

被告 国

訴訟代理人 環昌一 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告の請求の趣旨及び原因は別紙訴状、訴状訂正申立書及び準備書面記載のとおりであつて、これに対する被告の答弁は別紙答弁書及び準備書面記載のとおりである。

なお、原告は本訴においては損害金合計五、四六八万五、五三二円のうち五、四〇〇万円の支払を請求するものであるが、右控除分六八万余円のうちには訴外楠本進に対して勝訴の確定判決を得ている本件建物及び機械器具に関する損害金六六万円をふくむものであると述べた。

証拠として、原告は甲第一ないし第一三号証を提出し、被告は甲号各証の成立を認めた。

理由

(前訴の既判力について)

原告の本訴請求は、武蔵野税務署長が本件の土地、建物、機械器具、家具什器に対して違法な公売処分を行つたことを原因として、国家賠償法第一条の規定にもとづき、これによつて生じた損害、土地分四、六八七万九、二〇〇円、建物、機械器具、家具什器分合計七八〇万八、三三二円(七八〇万六、三三二円とあるは誤記と認む)、合計五、四六八万七、五三二円のうちから訴外楠本進に対して勝訴の確定判決を得ている建物及び機械器具の損害金六六万円等を控除して金五、四〇〇万円の支払を求めるものである。ところで、成立に争のない甲第一ないし第三号証と原告の主張に徴すると、原告は右の違法な公売処分を原因として被告に対して別訴を提起し、その第一審において建物と機械器具の損害七六〇万九、九三二円のうち金五〇〇円を請求し、請求の一部を認容されたが、控訴審においてその請求を拡張し、家具什器の損害一九万八、四〇〇円を加え、合計七八〇万八、三三二円のうちから建物及び機械器具の損害のうちから訴外楠本進に対して確定判決を得ている金六六万円を控除した残金七一四万八、三三二円の損害賠償を請求したところ、控訴裁判所は、その判決理由中で原告の訴旨を釈明し、公売処分が違法であるとの原告の主張は所謂事情であつて、原告の請求は税務署長の故意、過失による公売処分の取消の遅延を理由とするものであると解した上、右取消の遅延は被告側における故意又は過失による不当な遅延とは認められないとして、第一審判決の原告勝訴の部分を取消して原告の損害賠償の請求をすべて棄却したこと、これに対し原告は、控訴裁判所が公売処分が違法なりや否やの点につき全く判断をしないで原告の請求を棄却したのは判断の遺脱であること、その他数点を主張して上告したが、上告裁判所はこれを斥け、「原判決の釈明は是認してよく、所論判断遺脱の主張は採用し難い」として上告を棄却していること明白である。控訴裁判所の前記釈明の当否については見解のわかれるところだろうが、上告裁判所がこれを是認して判断遺脱の違法がないとして上告を棄却している以上、原告主張の違法な公売処分による損害賠償請求権は、本件の建物機械器具及び家具什器に関する限り、その不存在がすでに確定判決によつて確定されているものと解する外はない。なお、この点につき一言附加すれば、もともと、公売処分が違法であつたという主張も、公売処分の違法な取消遅延があつたという主張も共に租税滞納処分に関し違法な公権力の行使があつたことを主張するもので、国家賠償法第一条の規定による損害賠償の請求を理由あらしめる主張に外ならないのであるから、公売処分の取消について故意又は過失による違法な遅延がないとして請求が棄却され、その判決がすでに確定した場合には、国家賠償法第一条の規定による違法な公権力の行使による損害賠償請求権の不存在が確定されたことになるわけであるから、その後において重ねて公売処分の違法を主張して損害賠償の請求をすることはできない筋合であるといわなければならない。ただ、右の二つの事由が一括して主張されている場合に、裁判所がその一つについてのみ判断し、他の一つについて判断を与えずに請求を棄却した場合には所謂判断遺脱の違法があり、上訴審で救済を求めうること勿論であるが、これとそれとはもとより別論である。前記のとおり、上告審判決は控訴審判決には判断の遺脱がないとして原告のなした上告を棄却しているのであるから、原告としては本件の建物、機械器具及び家具什器について重ねて公売処分の違法を主張して新たに本訴の請求をすることは、確定判決の既判力にふれるものとして、許されないところであるとする外はない。

そして、違法な公売処分による損害賠償請求権は公売物件毎に各別に成立するものであるから、前訴において本件土地に関する損害賠償の請求がなされていない以上、前訴の既判力が本件土地に関する損害賠償の請求に及ばないことはいうまでもない。よつて、次に本件土地に関する損害賠償請求の当否について検討する。

(本件土地に関する損害賠償の請求について)

武蔵野税務署長が原告に対する滞納処分として本件土地(別紙物件目録(一)の宅地二、一〇七坪八合)を前記の建物、機械器具及び家具什器と共に一括して公売に附し、昭和二六年三月二八日訴外楠本進に対して代金六六万円でこれらの物件を売却する旨の公売決定をなし、楠本は同月三一日右代金を自己振出の小切手(一部現金)をもつて納入し、税務署長は同年四月九日本件土地につき楠本のために公売による所有権移転登記をしたこと、その後同年五月七日税務署長は右の公売処分に瑕疵があつたことを理由としてこれを取消し、同月九日右取消決定が楠本に送達されたことは当事者間に争がない。そして成立に争のない甲第七ないし第一一号証によると、楠本は右取消決定の通知を受けた後の同月一九日に訴外阿部泰典に本件土地を売渡して同月二一日所有権移転登記手続をし、阿部はその後原告主張のように本件土地を四筆に分筆し、そのうち二筆を訴外野崎容子に譲渡し、野崎は内一筆を東京都に譲渡し、それぞれ所有権移転登記手続を経由している事実が認められる。

右に認定したところからすれば、本件土地の所有権は公売処分によつて一旦原告から楠本へ移転したが、公売処分の取消によつて遡つて原告に復帰し、楠本は本件土地が原告の所有に復帰した後に、これを阿部に売渡したものであつて、要するに、楠本は原告所有の本件土地を不法に処分したものに外ならない。ただ、楠本の右の処分が公売処分取消後の処分であるため、原告は楠本から本件土地を譲受けた阿部に対しても、阿部から更らに本件土地の一部を譲受けた野崎に対しても、野崎から更らにその一部を譲受けた東京都に対しても公売処分の取消による所有権の復帰をもつて対抗することができないため、結局、本件土地の所有権を喪失するに至つたものであることが明らかである。

(甲第四、第五号証の判決参照)。

右に判示したところからすれば、原告の本件土地所有権の喪失は、さかのぼれば、税務署長のなした公売処分に基因すること勿論であるけれども、右の公売処分はその取消によつて遡及的に覆滅し、これによつて本件土地の所有権は原告に復帰し、原告は楠本に対して公売による所有権移転登記の抹消登記手続を求めることができ(甲第四号証の判決参照)、これにより完全にその所有権を回復できる地位に復されたわけであつて、楠本の前記不法処分さえなければ原告は本件土地所有権を失わずに済んだ筈である。そして、楠本は、処分当時、前記のとおり、現に公売処分の取消通知を受けていたのであるから、本件土地の所有権がすでに原告に復帰し自己に処分権限のないことを十分に知つていたものというべきであるから、楠本がその後に敢てこれを不法に処分し、そのために対抗要件との関係で原告がその所有権を喪失して損害を蒙るなどということは異例のことであつて、特別の事情のない限り、税務当局の予見し得べかりし範囲外の事項と観るのが相当である。そして、かかる特別の事情については原告から何等の主張もないのである。これを要するに、本件の公売処分と土地所有権の喪失との間には法律上の因果関係がなく、公売処分は原告の本件土地所有権喪失の単なる遠因にすぎず、両者の間に存する事実上の因果の系列は公売処分の取消と楠本の不法処分の介入によつて遮断されているものと解するのが相当である。したがつて、本件土地所有権の喪失を原因としてその損害の賠償を求める原告の請求は、爾余の点について判断するまでもなく、失当である。

(むすび)

右のとおりであるから、原告の請求はすべてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三)

訴状

請求の趣旨

被告は原告に対し金壱千六百万円並にこれに対する訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合に依る金員を支払へ。

訴訟費用は被告の負担とする。

右判決並に仮執行の宣言を求める。

請求の原因

一、公売処分

訴外武蔵野税務署長は昭和二十五年三月九日原告に対する昭和二十四年度給与所得税滞納金、延滞金、督促手数料等合計金二〇万三三二円徴収のため滞納処分として原告所有の物件目録(二)(三)保谷町上保谷字亦六、二七六四番地所在木造瓦葺平家建事務所一棟建坪三〇坪外建物一〇棟を差押(登記は同月十三日)次いで滞納金延滞金等二一万七千二七五円のため(前記二〇万三三二円と其の後の増一万六千九四三円)同年九月二十六日(登記は同月三十日)同番地所在物件目録(一)の宅地二、一〇七坪八合をさらに、同年九月二十九日右建物内の家具什器等を差押へ、昭和二十六年三月二十二日その公売期日を同月二十六日と定め右差押物件の入札の方法で公売に附する旨の公告をなし同月二十八日に入礼者訴外楠本進に対し代金六十六万円で売却する旨の公売決定を為した。楠本は同月三十一日右代金を自己振出小切手(一部現金)を以て納入し、税務署長は同年四月九日東京法務局田無出張所に対し右宅地建物につき公売に依る所有権移転登記嘱託をなし(一)の土地については同出張所同日受付第一〇六五号をもつてまた(二)の建物については同日受付第一〇六六号をもつて楠本進(以下単に楠本と云う)のため所有権取得登記が為された。

原告は右公売は後記五、記載の如き違法があるので四月一日税務署に処分取消を請求したところ一ケ月後に至り同署長はこれを容れ、同年五月七日右公売処分を取消し該取消決定は同月九日楠本に送達された。

二、楠本の物件処分

(イ) 楠本は同年五月十九日訴外阿部泰典(以下単に阿部を云ふ)に対し右(一)の土地を譲渡し田無出張所同年五月二十一日受付第一五一八号を以て其の旨の所有権移転登記を為し又、同出張所同月二十三日受付をもつて当時一筆の建物であつた(二)(三)の建物を分割して(二)(三)の二筆の建物とし(三)の建物を登記第五九四号に移し、(二)の建物につき分割に依る変更登記(表題部四番の登記)を為した上、同日右(三)の建物を訴外阿部に譲渡したとして同日受付第一五五八号を以てその旨の所有権移転登記を為し、

(ロ) 阿部は同年七月三十日右(一)の土地中別紙物件目録(四)及(七)記載の部分を訴外野崎容子に譲渡し同月三十一日田無出張所受付第二八四〇号を以て右(一)の土地を右(四)の一筆及別紙物件目録(六)記載の三筆、合計四筆に分割し(右(七)の土地は右(六)の土地の一筆である)(六)の三筆については登記第四八二九号ないし第四八三一号を移してそれぞれ所要の転写を了し、(四)の土地については右分割による変更登記を為した上、同出張所同年八月一日受付第二八五七号をもつて右(四)及(七)の土地につき野崎容子のため所有権移転登記を為し、また同年八月一日前記(三)の建物を野崎容子(以下単に野崎と云う)に譲渡し、同出張所受付第二八五九号をもつて其の旨の所有権移転登記を為し、

(ハ) 野崎容子は同年十二月二十一日訴外東京都に対し右(四)の土地を譲渡し同出張所同年同月二十二日受付第四四四四号をもつて其の旨の所有権移転登記を為した。

右土地の所有権移転関係を図示すれば左の通りである。

図表〈省略〉

三、登記抹消請求訴訟

しかしながら右目録(一)(二)(三)の土地建物について為された公売処分は右取消処分により、初めより無効のものとなり楠本は所有権を取得するに由なく其の所有権取得登記は登記原因を欠くので其の抹消、楠本から転得した阿部については目録(一)(四)(六)の土地についての登記抹消、野崎に対しては目録(四)及(六)の内野崎の登記ある部分の抹消、及(三)の建物についての抹消、東京都に対しては目録(四)の土地についての抹消並に引渡請求訴訟(東京地方裁判所昭和二六年(ワ)第四六八八号、同二七年(ワ)第五九六号、東京高等裁判所昭和二十九年(ネ)第三七四号、第三七九号、第四二八号、第四二九号)を提起し、控訴審の判決において楠本に勝訴した外被告阿部、野崎、東京都に対しては敗訴した。よつて原告は更に上告したけれども最高裁判所は昭和三〇年(オ)第五四八号をもつて、原告が公売処分取消にもとずく所有権の回復について登記を経由しないでゐるうちにそれぞれ楠本は阿部に譲渡し、ついで阿部の手を経て野崎及東京都が所有権を取得し登記を経由したもので、原告は公売取消後に所有権を得た是等の者に対して対抗し得ないとの理由で上告棄却せられた。

四、建物機械器具に対する損害賠償請求

(一) 原告は前記一、記載の公売処分に依り損害を蒙り右損害は公務員の故意過失に因り原告が蒙つた損害であるから国家賠償法第一条により国に対し損害賠償の請求をする。但し其の損害中物件目録(二)(三)の建物(但し(二)の内附属建物二番目木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建型枠掃除場一棟建坪二十四坪及十番目石造平家建便所一棟建坪二合五勺は残存したのでこれを除いた。この分に対しては本訴においても損害請求しない)及機械器具、什器は楠本に依り他に転売せられ原告は所有権を喪失したので其の損害に対しては東京地方裁判所昭和二十六年(ワ)第四九〇号被告国及楠本進を以て損害賠償請求を為し、同事件判決において国に対し金百十三万七千百三十一円につき勝訴判決を得たのであるが、原告並に被告国控訴の結果東京高等裁判所昭和三十年(ネ)第二〇七七号及び同年(ネ)第二一五七号事件の控訴審判決により原告全部敗訴し、原告上告により現に最高裁判所昭和三十二年(オ)第 号(上告受理番号昭和三十二年(ネ)(オ)第五二八号)として繋属中である。

(二) 原告は土地については転得者に対し登記抹消並に引渡請求訴訟により所有権を回復し得ると信じたので、前記損害賠償請求においては土地については其の損害賠償を請求しなかつたが、前記三、の登記抹消請求訴訟において敗訴かく定したので(一)の損害賠償請求と同様の理由により本訴において国に対し国家賠償法による損害賠償請求をする。

(三) 前記(一)の損害賠償請求訴訟が上告審において原告勝訴し原審差戻となる場合は控訴審において土地に関する損害についても請求を拡張する方途があるとは思はれるが、三の登記抹消請求上告事件の言渡は昭和三十二年六月七日であり(一)の損害賠償請求上告事件の判決は今後二三年を要する虞があり、かくては不法行為による損害賠償請求権の時効消滅の虞があるので本件訴訟を提起する。

五、公売処分の違法

(一) 超過差押、超過公売。

昭和二十五年三月九日物件目録(二)及(三)の建物を差押へた当時の滞納税金は二十万三百三十二円であつたのに時価金二百九十万五千四百五十五円の前記目録(二)及(三)の建物を差押へ、次いで同年九月二十六日更に増加した滞納税金一万六千九百四十三円のため宅地二、一〇七坪八合(時価二百五十万円)を差押へ、更に同年九月二十九日事務所内家具什器時価十九万八千四百円を差押へた。其の結果滞納総額金二十一万七千二百七十五円に対し建物時価二百九十万五千四百五十五円、土地金二百五十万円家具什器十九万八千四百円合計金五百六十万三千八百五十五円の超過差押を為した違法がある。更に昭和二十六年三月二十六日の公売に際しては差押を為してゐない機械器具時価合計金四百七十万四千四百七十七円をも併せて公売したのであるから滞納金二十一万七千二百七十五円に対し時価総計金一千三十万八千三百三十二円の物件を公売した超過公売の違法がある。

(二) 公売評価の違法。

仮りに超過差押が違法でないとしても、公売に当つて税務署長は評価価格を金六十六万円以下として公売したのであるが、本件宅地の賃貸価格は四百八十三円六十六銭、建物の賃貸価格七百五十六円で当時の固定資産税の標準価格は賃貸価格の九百倍であつたからこの計算によつても宅地の価格は四十三万五千二百九十四円建物の価格は六十八万四百円計百十一万五千六百九十四円となり、本件宅地二、一〇七坪八合の内一、八六七坪二合五勺を昭和二十六年十二月東京都知事は実測二、一〇三坪四合一勺として、実測坪当り八百円計金百六十八万二千七百二十八円で東京都財産価格審査会の決議を経て都営住宅地として購入していること本件建物(物件目録(二))のうち附属建物二番目型枠掃除場一棟二十四坪、及最終の石造便所一棟を除いた八棟の建築価格は二百五十三万三千円で右建物の取壊当時は建物の材料は木材は三割金物四割其の他二割の謄貴がある、これを加算し使用年数による償却をなせば二百九十万五千四百五十五円となること右と同様の計算によつて機械器具は四百七十万四千四百七十七円となる。従つて土地建物、機械器具、家具什器合計九百八十万八千三百三十二円の物件を最低価格金六十六万円以下として公売したことは公売に当つて税務署長は客観的な市価を標準としその財産の妥当な価格を見積るべき法律上の義務に反し、土地建物の賃貸価格及その倍率による固定資産税標準ならびに近隣土地の時価、建物機械器具の取得価格、使用年数は容易に知ることが出来るに拘らず其の義務を尽さなかつた故意又は過失がある。

(三) 公売公告と公売期日との間に法定の十日間がなかつたこと、土地の差押についての表示がなかつたこと。

本件公売についての公告は昭和二十六年三月二十二日であり公売期日は同月二十六日であつてこの間に法定の十日の期間を存しなかつた違法がある。又右公売公告には三月九日(建物について)九月二十九日(家具什器について)の差押の表示はあるが土地に関する九月二十六日の差押の表示はないので土地についての適法な公売公告がなくして公売に附せられた違法がある。

(四) 入札加入保証金の納入がないこと、入札時間が遵守せられなかつたこと。

公売参加者は入札額百分の五の入札加入保証金を納付したものでなければ入札適格者でないのに、落札人楠本は入札保証金を納付してゐないし、又入札は当日午前十一時限りであるのに三月二十六日の楠本の入札は一時間半後の十二時三十分であつた。これは公売公告及規則第十四条に違反するものである。

(五) 公売代金が期限内に現金入金せられてゐないこと。

被告主張の如く右公売公告には公売代金は現金又は小切手で納入すべきものと告示せられてゐたとすれば右は国税徴収法及附属法令に違反し違法であり、公売代金は即時又は被告主張の納入期限三月三十日まで現金入金せられなければならないのに三月三十一日に小切手を以て(公売代金六十六万円の内少くとも金二十九万二千二百九十九円は小切手である)入金したのに対し、即時公売代金領収証を発行した違法がある。

(六) 楠本が即時又は三月三十日迄に現金入金しない場合は規則第二十七条の規定によつて公売を解除し、再公売すべきに楠本の請託を容れこれを為さず楠本に公売決定し公売代金領収証を交付した違法がある。

(七) 落札人楠本は武蔵野税務署出入の公売人であつて予てから同税務署徴収係長斎藤栄三(以下斎藤と云ふ)と親密な関係にあり本件公売については楠本と斎藤と共謀して不当に廉価に公売せんことを共謀し、かねてから本件公売の最低価格を通謀し、かつ二十六年三月五日の公売後(この公売は抵当権者及原告に通知がなく抵当権者の抗議により取消された)から原告代表者岸本に対し、公売後に楠本から転売を受ければ抵当権も抹消せられて利益であるからと云ひ強いて公売断行をすゝめて居り三月十六日の公売は抵当権者復興金融公庫の抗議により再び取消され、三月二十六日の公売に際してはかねて二十六年二月頃斎藤に依頼せられて物件の評価鑑定に当つた楠本は最低価格を予め知つて居り、且つ当日斎藤と事前打合せの上公売にのぞんだが其の前に楠本と連絡なく飯倉なる者が入札して行つたので、当日の入札を無効にするため楠本の指図により訴外中村貞臣に高価入札せしめ、中村の公売代金の納人ないとの理由で再公売に附することゝしたのであるが開礼の結果飯倉より楠本の入札金六十六万円が高価であり最低価格六十三万円より高価であつたのを幸とし再公売をなさず楠本を落札者と決定する等斎藤と楠本との共謀不法入札であつた。仮りに両名の共謀不法入札でなかつたとしても少くとも斎藤が楠本の不法行為を幇助又は教唆したものである。前記斎藤の三月五日第一回入札からの原告に対する公売断行楠本からの買取をすゝめた行為、三月二十六日の楠本との打合せ入札保証金差入なきこと、違法に楠本を落札者と決定したこと、入札時間すぎての入札を認めたこと、公売現金入金ないのに領収証を交付したこと等一連の違法行為を綜合判断すれば両名の共謀不法行為又は楠本の不法入札の幇助教唆があつたことは明らかである。

八 公売物件中本件宅地(及建物)については差押当時の抵当権者(同抵当権設定登記は工場抵当法第三条所定のもので昭和二十五年九月二十六日登記)たる太陽商社に差押の通知がなく又公売の通知がなされてゐないから国税徴収法施行規則第十二条及昭和八年二月義税第三七〇号大蔵省主税局長依命通牒に違反し右差押及び公売は違法であるところ、昭和二十六年三月二十六日の公売につき右違法を理由として同年四月十一日太陽商社は税務署に対し公売取消請求のため再調査請求を為し税務署長に右違法外其の他の違法を主張したところ税務署長は違法を認め公売を取消すことを言明し、直ちに楠本に対し取消の電報を発せしめた。(後に至り右電報はおどかしの為めであつて正式の取消ではないと前言をひるがえした。)

(九) 原告は四月一日以来税務署に対し本件公売が徴収係長と共謀した楠本等の不正入札であること、時間すぎての入札、再公売に附すべきに楠本に落札決定したこと、四月一日未だ原告に対し落札決定の通知さへもないのに楠本は物件を強ひて運び去つたこと及前記(七)記載の違法理由等を述べたところ四月十一日太陽商社代理人と同行した原告代表者岸本に対し前記(八)記載の如く公売取消を言明し取消電報を楠本に発せしめた。然るに後日右は正式の取消でないと一ケ月後の五月七日に至りはじめて公売取消を為し右取消命令は五月九日楠本に送達せられた。

六、公務員の故意過失

(一) 税務署長以下の公務員は前記五の(一)記載の如く原告の滞納税金を徴収するためには本件建物の一部又は機械器具の一部を差押へこれを公売すれば足りることを知り乍ら故意に本件物件の全部(但し機械器具を除く)を差押其の全部(機械器具を含む)を公売し、前記五の(二)記載の如く不当に廉価に評価して公売し

(二) 税務署長は三月二十六日公売期日において訴外中村貞臣に落札したがその後右中村の公売代金納付がないので入札を無効とし同人に対する公売決定を取消したのであるから規則第二十七条の規定により再公売すべきであるのに楠本の請託を容れ同人の入札額が中村に次ぐものであることを幸に再公売をなさず三月二十八日に同人に公売決定した事実(前記五の(七))

(三) 前記五の(三)(四)(五)(六)の事実は公務員の故意であるか或は法規に従ひ公務を執行すべき義務を負ふ公務員の職務違反の過失によるものである。

(四) 五の(八)(九)の事実は原告並に太陽商社代理人の取消要求によりその違法を知悉しながら取消を遷延し、四月十一日の取消電報を後に至り正式の取消でないとし、この間公売物件の保全措置を採らずそのために機械器具、建物等の物件を楠本をして公売決定書公売金領収証を利用して四月二十五日頃までに他に売却せしめ、又四月一日以来取消請求をなした原告の要求を無視して四月九日宅地建物の所有権移転登記嘱託を為し、一ケ月以上後の五月七日に至り「談合を理由とし」公売取消を為したが、楠本の登記抹消及其の他の保全を為さなかつたので楠本は五月二十一日阿部に移転登記を為し、原告は右阿部及転得者野崎、東京都等に対し登記抹消土地引渡請求を為すことを得ざらしめた(前記三、昭和三〇年(オ)第五四八号登記抹消請求上告事件)

七、被告国の賠償責任

(一) 国家賠償法の責任。

原告は右公務員の故意又は過失に依る公売処分により土地建物機械器具、家具什器の全部を失ひ損害を蒙つたのであるが土地を除く建物機械器具等に対しては別件損害賠償請求事件として現に最高裁判所に繋属中であるが本訴においては土地について国家賠償法第二条により国に対し損害賠償請求をする。

(二) 国家賠償法における過失について。

巨大産業の発達これに伴ふ公害の発生等の事態から一般民事事件においても無過失賠償責任が認められてゐるが、国家賠償法の故意過失については一般民事上の無過失責任論並に憲法第一七条、第四〇条、第二五条、刑事補償法の趣旨に鑑み無過失損害賠償の趣旨に沿ふて解すべきであり、如何なる軽過失についても国の責任を生すべく法規の適正なる運用に当るべき義務ある公務員が違法の処分であることを看過した場合及違法であること明白な処分をした場合は公務員の故意(東京地方裁判所昭和二九年(ワ)二〇四二号下級例集七ノ七、一八八六頁は外務大臣の旅券拒否処分について外務大臣が違法を知り乍ら拒否したものと推認する外ないとして故意を認め慰しや料の支払を命じた)少くとも過失の責任(青森地方裁判所は自動車公売事件について公務員の過失に基く違法な公売処分として賠償責任を認めた。行政例集八ノ四、六九四頁)を認め国に帰責せしむぺきである。

(三) 国の原状回復義務の不履行としての損害賠償責任。

本件は第一次に国家賠償法に基く損害賠償責任を追及するものであるが、さらに予備的請求として原状回復義務の不履行としての損害賠償責任に基いて本件請求をする。行政庁は違法な行政処分をなすべからざる義務を負ふと共に、其の義務に違反したならば違法の結果を除去して原状に復すべき義務を負ふ。国家賠償法の規定する賠償義務は公務員の不法行為についての国の賠償義務で、一定の条件下に公務員の不法行為の責任を国に帰責せしむる当然の論理上、不法行為の要件たる故意過失の存在を公務員につき要件としたに過ぎず、不法行為について国家賠償法の規定があることを以て国の違法処分に関する原状回復義務及原状回復義務不履行の場合における賠償義務を否定したものと解することは出来ない、(行政事件特例法第六条参照)既に一般民事上の不法行為について無過失責任が認められてゐるし、刑事補償法においても国に無過失責任が認められてゐる。すべて行政府は違法な行政処分をなすべからざる義務を負ふものである以上、この義務に違反して行政府が違法な行政処分をしたときは国は公務員の故意過失がなくとも、処分を取消す外違法の結果を除去して一切の状態を原状に復すべき義務を負ふものである。公務員の不法行為(故意過失を要件とする)につき国家賠償法の賠償の外に刑事補償法が無過失で損害を補償すべきことを定めた趣旨は公務員の違法処分から生じた損害状態につき原状回復がはじめから不能なのでこれに代る補償を定めたもので其の基本観念は国の違法行為に対する原状回復義務の観念を基本とするものである。蓋し国民の賠償を得べき最低規準は自己の帰責理由に基かぬ事由により生じた損害に依つて自己の生活が破壊せられないやう公務員の使用者である国によつて損害が負担せられ、てん補せられるべきであるからである(憲法二五条参照)。本件の場合において五月七日に違法公売を取消した行政府は登記抹消を楠本に対し請求し若し楠本がこれに応じない場合は其の租税債権に基き原告に代位して登記抹消土地引渡を請求して原告に対し原状を回復すべきは当然の義務である。然るに楠本の登記名義は既に第三者に転得せられてこれに対抗出来ないのであるから原告に対する原状回復義務の履行不能として、物件相当価格の損害を賠償すべきである。

八、因果関係。

原告は自ら楠本からの転得者阿部及野崎、東京都に対し登記抹消並に引渡の訴訟を提起したが取消の後にあつては登記なくして転得者に対抗出来ないとの理由で敗訴したから取消に依り一応表面上回復せられた土地に関する所有権も遂に回復することが出来ないで所有権を喪失した。而してその所有権の喪失は、国の違法公売処分の結果所有権が楠本に帰し公売取消があつても原告が所有権回復し得る前に第三者の介入によつて所有権を喪失したもので右原告の所有権喪失は国の違法処分なかりせば生じ得ず、国の違法処分に因り生じたものでその所有権喪失は違法公売処分と相当因果関係あるものである。従つて国の不法行為賠償責任の場合において、本件土地所有権の価格を原告に対し賠償すべきである。

九、損害額

(一)(A) 登記第六六九号の土地は登記上一、八六十七坪二合五勺(東京都所有)であるがこの土地は実測二、一〇三坪四合一勺として東京都に(坪八〇〇円で買収)に移転せられた。

(B) 登記第四八二九号は登記上一五二坪四合四勺(阿部名義)

(C) 登記第四八三〇号は登記上六六坪六合七勺(野崎名義)

(D) 登記第四八三一号は登記上二一坪四合四勺(阿部名義)

右(B)(C)(D)の土地は何れも実測面積は登記簿面積を超ゆるものであるが登記簿面積によるものとすると右四筆の合計は二、三四三坪九合六勺である。而して本件が訴訟提起の現時における右土地の時価は平均坪当り七千円であるから合計金一千六百六十四万七千七百二十円であるが内金一千六百万円を請求する。

(二) 原告は公売当時事業執行中であり本件公売がなかつたら現に所有を持続し他に土地を売却すべき事情になかつたのであり、原告は若し右土地を回復することが出来ない場合は同物件又は同樣の物件を購入しなければならぬものであるから、本物件現在の時価坪当り金七千円に依る本請求は通常生ずべき損害である。仮りにさうでないとしても公売の二十六年三月当時地価暴騰の傾向であつたことは一般に顕著であつたし右特別の事情は予見し又は予見し得べかりしものである。

本件請求は不法行為の損害賠償請求であると共に第二次に原状回復義務不履行又は履行不能の損害賠償請求であり共に口頭弁論終結時の価格に依るべきである。

物件目録(一)

東京都北多摩郡保谷町上保谷字亦六、二千七百六十四番の一

一、宅地 二千百七坪八合

物件目録(二)

東京都北多摩郡保谷町上保谷字亦六、二千七百六十四番地所在

家屋番号 同所第七四九番の三

一、木造モルタル塗亜鉛メツキ鋼板葺平家建

倉庫 一棟

建坪 二十五坪

以下附属

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建ポンプ室一棟

建坪 一坪五合

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建型枠掃除場一棟

建坪 二十四坪

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建砕石場一棟

建坪 十二坪

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建水洗場一棟

建坪 三坪七合五勺

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建水洗場一棟

建坪 三坪七合五勺

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建裁断場一棟

建坪 五十五坪

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建倉庫一棟

建坪 十坪

一、木造杉皮葺二階建成型工場一棟

建坪 二十八坪 二階十二坪五合

一、石造平家建便所一棟

建坪 五坪二合五勺

物件目録(三)

東京都北多摩郡保谷町上保谷字亦六、二千七百六十四番地所在

家屋番号 同所第七四九番ノ四

一、木造瓦葺平家建事務所一棟

建坪 三十坪

物件目録(四)

東京都北多摩郡保谷町上保谷字亦六、二千七百六十四番の一

一、宅地 一千八百六十七坪二合五勺

物件目録(五)

東京都北多摩郡保谷町上保谷字亦六、二千七百六十四番地所在

家屋番号 同所第七四九番の三

一、木造モルタル塗亜鉛メツキ鋼板葺平家建

倉庫一棟 建坪二十五坪

附属

一、石造平家建便所一棟建坪五坪二合五勺

(寄田占有)

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建型枠掃除場一棟

建坪二十四坪(松井占有)

物件目録(二)参照

物件目録(六)

東京都北多摩郡保谷町上保谷字亦六、二千七百六十四番の十

一、宅地 百五十二坪四合四勺

同字二千七百六十四番の十一

一、宅地 六十六坪六合七勺

同字二千七百六十四番の十二

一、宅地 二十一坪四合四勺

物件目録(七)

東京都北多摩郡保谷町上保谷字亦六、二千七百六十四番の十一

一、宅地 六十六坪六合七勺

訴状訂正申立

請求の趣旨を左の通り改める。

請求金額を「金五千四百万円」と改める。

請求の原因中訂正

一、請求の原因第四項(一)に左の通り追加する。

「損害賠償請求上告事件昭和三二年(オ)第四九四号は昭和三五年一二月二三日言渡により上告棄却せられ控訴判決が確定した」

二、請求原因第四項(三)を削り左記を加へる。

(三) 原告は前記損害賠償請求訴訟第一審においては公務員の故意過失による違法な公売処分により損害を蒙つたとしてその公務員の故意過失による国家賠償法の賠償を求め仮りに公売決定当時公務員に故意過失が認められないとしても原告の公売処分取消の請求に対し故意過失に依り其の取消決定を遷延して多額の損害を生ぜしめたを主張し違法な公売処分を請求原因として取消の遅延は公務員の故意過失を明白ならしめ又重大な損害を生ぜしめた因果関係として併せて請求原因とした。

(四) 原告の国に対する勝訴第一審判決につき原告は一部敗訴の部分を不服とし、国は全部不服として控訴したところ控訴判決は、原告が違法公売処分を請求の原因とするとの明白な主張に拘らず原告の主張を公売取消が故意又は過失に依り遷延せられたことを請求の原因とするもので公売が違法であることは事情に過ぎないものとして強ひて曲解し公売取消の遷延は公務員の故意過失によるものでないとの理由で原告を敗訴せしめた。

(五) よつて原告は其の上告理由において控訴判決は「原告の公売取消の要求に対し取消を不当に遷延したことを理由とする原告主張の部分」に対し不法行為責任がないと判断したのみで、違法な公売をなした故意過失に依る不法行為責任については全く判断をしてゐないことについて判断遺脱を主張した。然るに上告判決は、控訴審における原告の主張を公売処分取消の遅延のみを請求原因と釈明したことは是認してよいとして判断遺脱の上告理由を排斥した。

然し乍ら、控訴審において原告は請求原因は違法の公売処分により損害を蒙つたから国に賠償責任があることを繰返し明白に主張しており第一審における従前のこの主張を控訴審において変更した事実はなく(第一審はこの原告の主張を認めて原告を勝訴せしめた)「公売処分取消の遅延」は目録AないしFの物件について楠本は一応楠本は所有権を得たのだから不法行為責任がないとせらるゝ場合の楠本の原状回復義務不履行責任及取消を遅延したため楠本をして物件を他に転売せしめ原状回復義務不履行を生ぜしめたので国は不作為による不法行為責任を生ずること及G以下の物件について楠本の不法行為についての共同責任(この点は別件訴訟が第一次に国と楠本との共同不法行為を請求原因としたためである本件においては国の単独不法行為を原因とするものであるから本件訴訟においては主張とはならない)及損害の因果関係についての主張であることは明白であるのに控訴判決は原告主張を何等の理由なく曲解して、単に公売処分の取消遅延は国の故意過失に依るものでないとして原告を敗訴せしめ、上告判決は其の範囲において国に賠償責任はないと判決したものである。

(六) よつて原告は本訴において及び国の違法な公売処分により損害を蒙つたことを請求原因として本訴を追行する。

三、請求原因第二項楠本の物件処分中左記を加へる。

二、楠本の物件処分

(二) 機械器具建物の一部及び家具什器について

楠本は物件目録(八)A、Bの機械器具をその記載の日にそれぞれ撤去して保管していたが四月一六日から同月二五日頃までの間に他に売却し、CないしKの物件はLの建物と共に四月二五日頃他に売却し右目録記載の日に譲受人において撤去しまたは取壊したものである、又物件目録(九)の家具什器は四月一日撤去し四月一六日から四月二五日頃までの間に他に売却処分したものである。

四、請求原因第五項公売処分の違法(七)及(九)中本件公売が公務員と楠本との共謀不法入札であつたこと、不法入札の幇助教唆であつたとの主張は撤回する。

同第五項(八)中後段は事情として陳述する。

五、請求原因第六項(四)中「違法を知悉しながら取消を遷延した」ことは事情として陳述する。

六、請求原因第七項(一)国家賠償法の責任に左の通り追加する。

「原告は公務員の故意又は過失による違法の公売処分により土地の外、目録(八)記載の機械器具、建物及目録(九)の家具什器の所有権を失ひ損害を蒙つたので本右(八)(九)の物件の損害につき本訴状訂正に依り請求を追加する」

七、請求原因第七項(三)国の原状回復義務の不履行としての損害賠償責任の主張は撤回する。

八、請求原因第八項因果関係中左の通り追加する。

「楠本は古物商であるところ物件目録(八)のA及Bは四月一六日から二五日頃までの間に他の古物商其の他に売却して引渡しCないしKの物件はLの建物と共に四月二五日頃他に売却し目録記載の日に撤去したものであり目録(九)の家具什器は四月一日楠本撤去し四月一六日から二五日頃の間に他に売却したものであるから右(八)の物件の価格計金七六〇万七九三二円及(九)の価格金一九万八四〇〇合計七八〇万六三三二円の請求を追加する」

九、請求の原因第九項損害額中左の通り追加訂正する。

「(一)中土地の価格は其の後更に昂騰し最低坪当り二万円であるから、二、三四三坪九合六勺の土地につき其の損害額金四千六百八十七万九千二百円、目録(八)及(九)の損害金七百八十万八千三百三十二円総計金五千四百六十八万五千五百三十二円であるが内金五千四百万円を請求する」

十、請求の原因九、損害額の内(二)の最終段「第二次に原状回復義務不履行の損害賠償」との記載は削除する。

物件目録(八)

表〈省略〉

以上機械器具設備及び建物の損害総計七、六〇九、九三二円

物件目録(九)

表〈省略〉

準備書面

一、原告は別件訴訟(東京地裁昭和二六年(ワ)第四九〇九号、東京高裁昭和三〇年(ネ)第二〇七七号、最高裁昭和三三年(オ)第四九四号)の第一審及控訴審において公務員の故意過失による違法な公売処分に基き損害を蒙つたとして国家賠償法の賠償を求め、第一審判決は原告の主張を認めて原告勝訴の判決を為したが控訴審は原告の明白なる主張に拘らず原告の主張を強いて曲解し原告の請求は公売取消の遅延を請求原因とするものであるとし、公売取消の遅延には公務員の故意過失が認められないとして原告の請求を全部棄却した。然し乍ら別件訴訟は第一次に国及楠本の共同不法行為、第二次に国の単独不法行為責任及楠本の原状回復義務不履行責任第三次に国の原状回復義務不履行責任を請求原因としたもので、原告が公売処分取消の遅延を述べたのは国の単独不法行為責任の関係においては損害発生の事情乃至因果関係(取消が遅延したので損害が増大した)についての主張であることは明白である。

二、上告判決が国に対する単独不法行為の主張について「公売処分取消の遅延は国の故意又は過失によるものでないとして原告の主張を排斥してゐるのであつて、かゝる原判決の釈明は是認してよく所論判断遺脱の主張は採用し難い」となし控訴判決も上告判決も共に取消の遅延を請求原因としての判断をなすに止まり其の範囲においてのみ既判力を生ずるものであることは明白である。原告が本訴において請求原因とするものは国の違法の公売処分であつて、これにより原告は公売物件の所有権を喪失したので其の損害を請求するもので違法の公売其のものを請求原因とするものである。

三、公務員の違法な公売処分なかりせば物件目録(八)のAないしLの物件及目録(九)の什器等の所有権を喪失せず損害を蒙らなかつたもので、仮りに五月七日の公売処分取消により其の取消の効果は遡つて消滅し原告が形式上観念上所有権を回復したとしてもこの取消の時たる五月七日には既に目録(八)のAないしFの物件及目録(九)の物件は古物商たる楠本により他に売却撤去せられて居り(訴状訂正書第四枚目、八の記載参照)、古物商によつて処分せられた機械器具什器類を第三者から回収することは社会通念上不能であるから(控訴判決第四九枚表、上告理由書第一二頁三、参照、この事は国に対する不法行為上の損害賠償請求において損害の存在についての主張である)原告は本訴において違法公売処分そのものを請求原因として請求する。而してこの請求原因においては別訴は何等既判力を生じない。

四、違法の公売処分そのものが本訴における請求の損害発生の原因たることは被告が本件の昭和三六年四月十九日付第二準備書面第二枚目表最終から二行目において「公売処分が不当に遷延したことを一半の原因とする」と認めてゐることからしても社会通念上、法律上是認せらるべきである。

五、仮りに百歩を譲つて物件目録(八)及(九)について別件判決が既判力を生ずるとしても原告が本件当初の訴状において請求する土地についての損害については別件訴訟において請求せず訴訟の対象ではないので既判力を生ずることはない。

又原告はこの土地に関する損害についての請求原因は違法の公売処分に基くと主張し別件判決の公売取消の遅延を請求原因とするものではない(楠本の第三者への処分は五月七日公売取消処分の後であるから取消の遅延の問題は関係がない)ので別件の判決は本件土地に関しては如何なる点からも既判力を生ずることはない。

六、土地に関しては五月七日の公売取消があつた際原告は楠本の所有権取得抹消手続を為すべきことを税務署に請求したが錯誤による登記抹消は登記法上許されないと言ふことで抹消出来ず、原告は税務署が楠本から抹消登記承諾書を取付け登記抹消すべきことを要求したに拘らず税務署はこれを為さず又仮処分其の他の保全手続をなさず其の後楠本は第三者に売渡したので原告は第三者取得者に対し訴訟により抹消を請求したがこの抹消請求訴訟は棄却せられた。(甲第四号証及第五号登記抹消請求事件判決)この訴訟において原告は被告に対し訴訟告知(甲第六号証)をなし原告訴訟追行に遺憾なきを期した。

七、土地に関する所有権の喪失は国の違法処分の結果所有権が楠本に帰し、公売取消があつても公売取消の実質的効果を発生せしむる処置をとらなかつた結果第三者の介入によつて終局的に原告は所有権を失ふに至つたものでこの原告の所有権喪失は国の違法処分なかりせば生じ得ず、国の違法処分により生じたものでその所有権喪失は違法処分と相当因果関係あるものである。

八、被告は昭和三十六年四月十九日附準備書面において、「前記のように武蔵野税務署長は、前記公売処分を理由は如何にもあれ取消したものであるから、これによつて前記公売の効果は遡つて消滅し、従つて訴外楠本進が一旦取得した公売物件の所有権は全て観念上原告に復帰することは明瞭であるから、右公売処分に原告主張のような瑕疵があらうとなからうと原告は所有権を失わない理であるから、原告の主張はそれ自体理由がないわけである。」と主張しているが右は甚しく形式的な議論であつて、本件損害賠償事件の本質を直視せざるものといわなければならない。即所有権なるものは完全なる対抗要件を具備してこそはじめて所有権なる経済的効用を発揮し得るものであつて、対抗要件を具備しない観念的所有権などというものは凡そ画にかいた餅と同様と解する他なきものであるから、武蔵野税務署長によつて違法なる公売処分が取消され、観念的所有権が原告に復帰したところで、右税務署長において原告に対し所有権に関する対抗要件回復の措置をとらない以上原告は依然として完全なる所有権を喪失し損害を蒙つて居るものといわなければならない。

若し仮りに別件判決の既判力の結果本件違法公売処分による原告の損害目録(八)及(九)について原告は損害を補償せられず、別件において請求しなかつた土地に関して、然かもこの土地の第三者取得は公売取消後の譲渡であつて公売取消遅延とは何等関係ないものであるのに別件判決の既判力が及ぶとの主張は全く了解し得ざるところである。

答弁書

一、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する

訴訟費用は原告の負担とする

との裁判を求める。

二、請求の原因に対する答弁

一、訴状請求原因第一項(公売処分)記載の事実について。

右事実中、(1) 楠本が原告主張の日に代金の納入をしたこと(2) 本件公売に原告主張のような違法があつたこと(3) 原告が原告主張の日にその主張の趣旨の取消処分を請求したこと(4) 武蔵野税務署長がこれを容れ公売を取消したことはいずれも否認する。その他の事実は認める。

二、同第二項(楠本の物件処分)記載の事実について。

右事実は全部不知。

三、同第三項(登記抹消請求訴訟)記載の事実について。

右事実は全部不知。

四、同第四項(建物機械器具に対する損害賠償請求)記載の事実について。

原告と被告及び楠本の間に、原告主張の東京地方裁判所昭和二六年(ワ)第四九〇九号(訴状に四九〇号とあるは誤記と思われる)損害賠償請求事件、東京高等裁判所昭和三十年(ネ)第二〇七七、二一五七号同控訴事件が各繋属し、前者について被告が一部敗訴したが、後者については被告の全部勝訴となり、原告より上告を申立てている事実及び右訴訟において土地に関する請求が訴訟物となつていなかつた事実は認めるが、その余の事実はすべて争う。

五、同第五項(公売処分の違法)記載の事実について。

(一) (超過差押、超過公売)記載の事実中、原告主張の滞納により、原告主張の物件を差押えた事実及び公売の事実は認めるが、その他の事実(物件の価格を含めて)は否認する。

(二) (公売評価の違法)記載の事実はすべて争う。

(三) (公売公告と公売期日との間に法定の十日間がなかつたこと、土地の差押について表示がなかつたこと)記載の事実中、公告と期日の間に十日の期間のなかつた事実は認めるが、その余の事実は争う。

(四) (入札加入保証金の納入ないこと。入札時間が遵守せられなかつたこと)

記載の事実中、楠本が入札保証金を納付しなかつたこと及び同人の入札が十二時三十分であつたことは認めるがその他の事実は争う。

(五) (公売代金が期限内に現金入金せられていないこと)記載の事実は争う。

(六) 記載の事実は否認する。

(七) 記載の事実はすべて否認する。但し昭和二十六年三月五日の公売が抵当権者えの通知がなかつた為取消されたとの事実は認める。

(八) 記載の事実中、昭和二十五年九月二十六日抵当権設定登記のあつたこと、訴外太陽商社に差押、公売通知のなかつたことはみとめるがその余の事実は否認する。

(九) 記載の事実中同年五月七日公売を取消した事実は認めるがその他の事実は否認する。

六、同第六項(公務員の故意過失)記載の事実について。

(一) 記載の事実は否認する。

(二) 記載の事実中、訴外中村に落札したが、公売代金の納付がなかつた事実、三月二十八日楠本に公売を決定した事実は認めその余の事実は否認する。

(三) 記載の事実は否認する。

(四) 記載の事実は争う。

七、同第七項(被告国の賠償責任)記載の事実について。

(一) (国家賠償法の責任)記載の主張は争う。

(二) (国家賠償法における過失について)記載の主張は争う。

(三) (国の原状回復義務の不履行としての損害賠償責任)記載の主張は争う。

八、同第八項(因果関係)記載の主張は争う。

九、同第九項(損害額)記載の主張はすべて争う。

準備書面(被告第一)

一、原告は訴状請求の原因第五項において九点に亘つて本件公売処分が違法な処分であると主張するので簡明にこれを反駁する。

(一)及び(二)の超過差押、超過公売及び公売評価の違法について。

公売の際に定められる見積価格は、公売物件につき最低公売価格を定め公売の施行によつて滞納者及び国の双方において不当に不利益を蒙らないよう適正な結果を得んとする趣旨に出でたものである。国としてはあくまでも公売手続によつて滞納税金を取り立てることを要し、その物件が公売以外の一般の取引によつて売買されるときの価格をもつてしては到底入札者が得られないような場合であつてもその故をもつて公売を取り止めることはできない。従つて見積価格は一般取引市場における取引価格とか、あるいは取得価格から減損価格を控除した価格とかあるいは賃貸価格を標準にした価格その他の一般の算定方法によるものとは必ずしも一致せず、公売という手続の特殊性を考慮に入れての最低処分価格であるといわなければならない。本件公売物件は土地、建物、機械器具を一括公売して始めて本件公売価格程度の価格をもつてする入札者を期待しうるような状況であつたし、又、これらを一体として公売することが滞納者たる原告にとつても有利であつたこと明らかである(工場抵当法第七条の趣旨)から、何ら違法視される理由はない。公売物件の価格が原告の主張するように真実、千余万円というような価格であつたのならば、これを担保とすることによつても僅か二十余万円にすぎない滞納税金支払の資金を調達することなど極めて易々たるものであつたであろうに、ついに公売が実施せられた経緯によれば原告の右主張が現実を遠くはなれたものであること思い半ばに過ぎるであろう。

(三)の主張について。

本件公売については、差押物件中、早急に散逸する虞れのある物が認められたのと(国税徴収法施行規則第二二条但書)、先に行われた昭和二六年三月五日について二度目の公売であるので(同規則第二八条)期間を短縮したもので固より違法ではない。又公告に土地の差押の表示がなかつたとの原告の主張は事実に反しており、公告はなされている。

(四)の主張について。

本件公売では保証金をとらないこととせられていたので原告の主張は当らない。

(五)及び(六)の主張について。

原告のいう国税徴収法施行規則第二〇条第二項は内部的な訓示規定であるに過ぎない。本件小切手は昭和二六年三月三〇日には換金され公売代金の全額が完納されているのであつて、これを適法とした税務署長の裁量行為は何ら違法ではない。

(七)の主張について。

斎藤係長と楠本進との間には何ら通謀や謀議の事実はない。中村貞臣(最高値入札者)の入札については不審の点があり、調査の結果、同人は現場におらず、原告会社専務取締役田中修が中村の名義を使つたものでその真意に出でた入札でないことが判然したので、これを無効とし次順位者たる楠本を落札者と決定したのである。

その間斎藤係長は何ら入札者らと通謀した事実はなく、むしろ原告が入札者らと談合した事実が歴然としている。

(八)の主張について。

抵当権者に対する公売通知は訓示規定たる性質を有する主税局長通牒によつて要望されているだけでこれを欠いても公売の違法を来すものではない。なお本件差押の際税務署で調査したところ抵当権設定の登記がなかつた。後に土地についての設定登記が右差押と同日になされているようであるが、差押後に登記されたものと思われる。

(九)の主張について。

原告はすべて斎藤係長と楠本との共謀に基ずくというがそのような事実は全くない。

二、本件公売が取消されるに至つた経緯は左のとおりであつて、原告の主張は主要の点において事実に反する。

本件公売後原告代表者岸本亀治あるいは原告代理人久保田弁護士から公売に不満をのべてその取消を要求すること切なるものがあつたが、当初の相当期間は主としていわば物件取戻の経済的要求に急でその違法の理由としての主張は必ずしも明確でなかつたが、四月一九日提出された再調査請求書には公売違法の理由として抵当権者に差押、公売の通知がない、中止宣言をした入札を後日有効とした(このような事実は全くない)等という事由を掲てあつた。税務署長としてはその理由はともあれ詳細な調査をしたところ、結局公売期日において原告と公売に参加した者の間に談合が行われた事実が発覚したのであるが、その性質上資料が得難く、事案複雑で入札関係者の供述も区々に亘る等その真相の把握に日時を要し、五月七日に至つて漸く真相を確認することをえたので談合行為を理由として公売を取消したのであつて、その間不当な遅延もなく、又税務署員の共謀等の事実も全くない。従つて公務員に何らの故意又は過失がないから原告の本訴は固より失当である。

三、原告の訴状請求原因七の(三)の予備的請求原因の主張について。

国家賠償法は公務員の故意、過失を要件として国に賠償義務を認めているのであり、その反面において公務員の故意過失を要件としない一切の状態を原状に復すべき義務もしくはこれに代わる損害賠償義務はこれを否定しているものと解するのが正当である。原告の主張は立法論としてはともかく実定法上の根拠を全く欠く主張である。

準備書面

一、本件原告と本件告との間において、判決の確定している東京高等裁判所昭和三十年(ネ)第二〇七七号及び同年(ネ)第二一五七号損害賠償請求控訴事件(甲第二号証参照。この事件を以下別件と称する)において本件原告が請求原因として主張したところは、本件において、原告が請求原因として主張するところと、その損害発生の原因において全く同一の事実である。すなわち、別件において原告が損害発生の原因として主張したところを要約すると、(1) 武蔵野税務署長は、原告会社に対する滞納処分として国税徴収法の規定に基ずいて、原告所有にかゝる物件(本件において原告が主張する物件を含む)を昭和二十六年三月二十六日公売に付し、訴外楠本進がこれを落札しその所有権を取得した(2) 右公売処分には種々の違法原因(本訴において主張するところとほゞ同一)がある(3) よつて原告は、同税務署長に対し同年四月十九日再調査を請求し、右公売処分の取消を求めた(4) 同署長は同年五月七日これを取消した(5) ところが公売処分に付された物件は、右楠本により他に処分せられ、原告はこれを回復する途を失い、結局その所有権を失つた(6) 従つて本件原告は、前記違法な公売処分により喪失したこれら物件の所有権の価額に相当する損害を蒙つたものであると謂うにあり、本件請求原因たる事実も右と全く同一の事実であつて、別件において請求しなかつた本件物件の所有権喪失による損害を別途請求しようとするものである。

ところで、前記別件及び本件の原告の請求原因自体によると、前記のように武蔵野税務署長は、前記公売処分を理由は如何にもあれ取消したのであるから、これによつて前記公売の効果は遡つて消滅し、従つて訴外楠本進が一旦取得した公売物件の所有権はすべて観念上原告に復帰することは明瞭であるから、右公売処分に原告主張のような瑕疵があろうと、なかろうと原告は所有権を失わない理であるから、原告の主張はそれ自体理由がないわけである。ところが原告が同署長の行為に基因して、右物件の所有権を失つたとする原告主張の趣旨を右請求原因を生かして合理的に釈明すれば、結局同署長のなした前記同年五月七日の公売取消処分が不当に遅延したことを一半の原因とする損害の発生を主張するものとみる他はない。そこで右別件の確定判決も原告の主張を右のように釈明した上結局本件原告の請求を排斥したのであり、原告の右主張を右の趣旨に釈明することの正当であり、判断の遺脱でないことは最高裁判所によつて是認せられているのである。

右の次第であるから、本件原告において前記別件と全く同一の損害発生原因たる事実を主張して、すなわち右公売処分により公売に附された物件の所有権を喪失したことを理由として損害の賠償を本件被告に請求することが全く理由がないという点については別件の既判力の効果として本件当事者を拘束することは疑いを容れない。よつて原告の請求は他の争点について判断をまつ迄もなく失当として棄却せらるべきものである。

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